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ジグメ ドゥッパ さん/ Jigme Drukpa (ブータン、音楽人類学者)
Image ジグメ・ドゥッパ Jigme Drukpa

現代ブータンを代表する音楽家、音楽人類学者。歌手として、またドラニェンの笛など数々の楽器の演奏者として活躍する他、王立パフォーマンスアート・アカデミー(RAPA)の副校長として伝統芸能の保護と後継者の育成にあたる。1969年に東部ブータンのタシガン地方に生まれる。20歳にして脚光を浴びるが、当時のブータンにはなかった音楽研究の場を求めてノルウェーに留学、6年後の1999年に修士号を取得して帰国。ヨーロッパ各地、米国、カナダ、タイ、インドなどで公演。2000年の公演ツアーで初来日。2005年には愛知万博の「ブータン・デー」に、楽団と舞踊団を率いて来日した。近年の研究テーマは、国王が提唱した「GNH(国民総幸福論)」と音楽とのつながり。



GNH幸福主義 ブータンの愉しき音楽家 ジグメ・ドゥッパ with 辻信一


 山上の聖地、チェリ僧院にお参りした日、ぼくと学生たちは、その麓の草地にキャンプした。
それはふたつの川が合流する場所。急流が白い波をたてながらぶつかり合うのを、まるで仲裁するように
仏塔{チョルテン}が見下ろしている。そしてその仏塔のパワーを祝福し、応援するように、縦横に張りめぐらされた
色とりどりの祈祷旗{ダルシン}が風にはためいている。

 ジグメが首都ティンプーでの仕事を終えて、キャンプファイヤーを共に囲むためにかけつけてくれた。
日が暮れて寒気が山から下りてくる。見れば近くの村の人々が焚き火の周りに集まり始めていた。
ぼくたちのテントの向こうでは雄牛が牝牛を交尾に誘っている。

 ジグメが着物{ゴ}の懐から横笛をとり出して、いくつかの旋律を吹いてみせる。
ひとつひとつの音が長く尾を引いてはクルクルと舞った。やがて彼は笛を懐に戻してこう言った。

 「交尾をさせてもらえない牛は、不幸のあまり気が狂う。それが狂牛病。ぼくは子どもの時
ずっと牛飼いをしていたからそれがわかるんだ。
牛飼いは退屈で、自分を慰めるために葦笛をつくって吹き始めたのがぼくの音楽家としての第一歩だった。
笛を吹くと牛たちはじっとぼくの音楽に聞き入る。彼らはぼくにとっての最初の聴衆だった。
やがてぼくの笛を聴く牝牛たちのお乳の出がよくなることがわかった・・・」

 歌と踊りの夜も更け、キャンプファイヤーの輪を解く時が近づいた。
ジグメは日本からやってきた若者たちにこう語った。

   「ここには電車や車の騒音もない。風と水と火の音だけ。鳥たちは巣に眠り、動物たちが森の中
で音もなく動き始め、この崖の高みではお坊さんたちが瞑想している。そして私たちは今こうしてここに座っている。
ここにいるのは共に歌い、踊り、飲んで、食べた友人たちだけ。
あるべきものはすべてここにあり、心を乱すものは何もない。
これ以上の一体何が必要だろう・・・」

本物のブータン

辻信一(以下、T):最もスローな国だと想像していたブータン。その首都ティンプーの急速な開発ぶりはちょっとショックでした。

ジグメ・ドゥッパ(以下、J):東部ブータンの田舎の出身である私にとってもそれは悲惨な光景ですよ。ぼくが最初に日本にいった時には、満員電車の吊革にぶる下がっている疲れた人々の群れをみて胸を痛めたけど、同じようなことがここでもすでに起こり始めているんだと思う。日本の近代化も急速だったけど、ある意味ではブータンはさらにその数倍ペースでしょう。テレビが入ってきたのがまだほんの数年前ですからね。初めて道路というものができてバスが走り出したのは60年代の半ば。ぼくが子どもの頃は、バスを見ると怖くて、逃げたもんです。大きくて奇妙な形をしていて、変な音を出すでしょ。20年前に最初に来たときのティンプーにはまだ大きな建物が数軒しかなかった。

T:それが今のティンプーではテレビやコンピューターや携帯電話はごく当たりまえの風景です。でもその一方で、田舎ではまだまだ昔ながらの風景や暮らしがしっかり残っている。

J:そう、ブータンの田舎には、まだ車を見たことがない人もいるし、まだ乗ったことがない人はたくさんいる。家もほとんど変わっていません。椅子などの家具はなく、みんな木の床に座って。昔と違うのは下着をはいている者が増えたことくらい。特に男たちが着る着物{ゴ}は膝までだから、あぐらをかくと中が丸見え。子どもたちはみんなオヤジの一物を見ながら育ったもんです。ズボンが最初に入ってきた時は脚をどこから入れてどこに出すのかがわからなくてね。電気が最近通じた村では、大人たちが怖がるので、電気をつけたり消したりするのが子供たちの仕事になったとか。

T:そういう話をブータン人がする時、遅れている人を馬鹿にするのではなく、むしろ愛情をこめて語っているように聞こえますね。

J:ぼくは大いに尊敬しているんです。外国から来た新しいテクノロジーやファッションに群がる浮ついた態度も、最近は町で見受けるけど、どっかりと自分の伝統に根を張る人たちこそが本物のブータン人。ぼくの実家は一番近い車道から歩いて2日、ぼくの妻の実家は3日かかる。誇り高き本物のブータンを見たかったら、そういうところまで行かないと、ね。

音楽ほど力強いものはない



T:田舎の村に行って強い印象を受けたのは、人々がとにかくよく集まってお酒や歌舞音曲を楽しむこと。

J:音楽には宗教音楽と世俗音楽の二種があって形式も中身も区別されているんだけど、音楽というものがそもそも聖なるものである、という点では共通しています。それは身体{ルー}、音{ンガ}、心{イッド}の三つの要素からなっていて、ヤン・チェン・マという女神が司っている、と考えられてきた。そしてそれを奏でたり、歌ったり、踊ったりすることは悟りの境地に向かうための道であり、またその音楽は神仏への捧げものである、と。ブータンには音楽の専門家はいても、それを売り物とする職業はない。プロはいないんです。音楽は人々と分かち合うもので、それによって幸せを与えると同時に自分が霊性{スピリチュアリティ}を磨いて、より高い存在になる。それが音楽の目的です。

T:日本でも欧米でも、音楽でたくさんのお金を稼ぐ人がいるけど、あなたはそうなりたいとは思いませんか。

J:お金をいっぱい稼ぐとどうなるか。心はモノたちでいっぱいになり、時間もどんどん少なくなって、心配の種が増えて、重荷になってゆくでしょう。今もブータン人なら誰もが豊かにもっている音楽、踊り、笑い、愛といった最も単純で最も重要なことが忘れられてしまうでしょう。金と違って、歌舞音曲は自分ばかりか他人をも幸せにし、人と人との間に平和の橋をかけるんです。いや、人間だけではない。動物や植物、そして精霊や神々とも調和した健全な状態をつくり出すことができる。世界に音楽ほど力強いものはない。ぼくはそう信じています。

T:ブータン国王が提唱したGNH(国民総幸福)は面白い。いわゆる先進国はGNP(国民総生産)とかGDP(国内総生産)をめぐって大騒ぎしてきた。「P」とはプロダクツのこと。つまり商品とそれを売り買いするお金の量によって、社会の豊かさとか、人々の幸福が計れるかのような幻想をぼくたちはもち続けてきた。それに対して国王は、ちょっと違うんじゃないの、と疑問を投げるつもりでGNHと言った。GNHの「H」は幸福{ハピネス}。少なくともうちの国では、お金とかモノとかがあまりなくても結構幸せな人たちがいっぱいいますよ、って。

J:そうなんです。ぼくもいろいろな国を見てきたけど、ブータン以外に住みたいと思ったことは一度もない。逆に先進国に住んでいる人たちが気の毒になることが多いんです。というのは彼らは恐怖に首根っこを押さえられているから。隣人が携帯電話をもてば自分ももたなければと悩み、高級車のない自分を嘆き、金を稼ぐために走り回って、子どもたちを勝ち組みにしようと駆り立て・・・。

T:しかし、ブータンにも経済発展によって先進国に追いつこうとする気運が感じられる。ティンプーにはついにハイウェーまで引かれて、「やっぱりGNHよりGNP」という雰囲気もありますよね。

J:それをぼくも憂えているんです。人々のGNH、つまり幸福度をあげるためにはある種の科学技術の進捗や経済的な発展も必要でしょう。しかしそれを実現するために犠牲にしてはいけないものがある。そのバランスにこそが仏教でいう中道です。いつまでも同じところに留まっていればいいというのではない。でも、大事なのはペース。他の国に比べてどうだということより、自分らしいペースで淡々とやっていけばいい。ブータンはこれまでもゆっくりやってきた。これからもゆっくりマイペースでやっていけばいいんです。すべてをみな欧米風に均してしまおうとするグローバリズムがぼくは大嫌いです。

T:GNHのひとつの重要な柱は自然環境の保全です。幸せの持続可能性は健全な生態系にかかっているのだから。

J:ブータンは小さな国だけど70%が森林ですから、それだけ酸素を多くつくり出している。その酸素の料金を世界中から集めて回りたいくらいです。特に二酸化炭素をたくさん出す車などを売りまくっている国や大会社からはね(笑)

T:これまでGNPの方ばかり向いていた日本人に言いたいことは?

J:日本は一番早い車道を走ってきた。ストップとは言いません。でもスローダウンしてほしい。テクノロジーで見せた日本のすごさを今度は文化と環境の領域で発揮してほしいんです。ぼくの好きな日本語は「ダイジョーブ」。きっとうまくいきますよ。

文章:「ソトコト」2006年11月号より抜粋 撮影:辻 信一