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正木 高志さん (「木を植えましょう」著者、農家)
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  • 正木 高志
  • 1945年生まれ。60年代からインドを旅し、ヴェーダーンタ哲学を学ぶ。80年に帰農し娘と共に農場作りに励んだ月日は「スプリング・フィールド」(地湧社刊)という一冊に、彼のオルタナティブなヴィジョンと共に凝縮している。90〜91年にはアメリカ・モンタナ州立大に招かれ環境倫理学を講義。森林ボランティアグループ「森の声」主宰。

 

 当初、熊本県菊池の郊外、阿蘇山北麓を望む山間のご自宅にうかがうつもりだった僕たちは、正木さんの「今は久しぶりに長い遠出をしていてさ、吉野を廻っているんだよ。よかったらこっちに来れば?」と軽やかな誘いの言葉に、気がつけば奈良県吉野の入口となるローカル駅に降り立っていた。

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辻さんと植林から半年の山で語る正木さんと奥さんのチコさん

  そして大ぶりな4WDで勢いよく僕たちの前に現れた正木さんは、日焼けした彫りの深い顔立ちがしなやかな痩身に映える、今年で60歳とは思えない静かなエネルギーに満ちた姿だ。そこにはインド哲学を長年にわたって学んだ思慮深さも滲むのだけれど、その人柄が無用な重さを見せることはなくて、僕たちを乗せた4WDは、時に飄々とした正木さんの冗談を交えながら、吉野の深い山と谷の間を走り抜けていくのだった。

「僕が最近こうして動くようになった事は、木を植えるコトと凄くつながっているんだ。例えば水源って言うのはさ、山だと思うでしょ? でも実際は森なんだよね。森の木とその根が張った土壌が水を溜めるんだよ、それで、水が流れて命を生み出すワケじゃない、それを今度は龍神と言うんだよね。水の神様だよね。その源が森なんだよね。木を植えたことで、山の神様が凄く喜んだんだよね。

それで今回吉野に来たのは、天川の弁天さまに呼ばれたんだね。この夏僕が関わった阿蘇でのレインボー2005っていうお祭りが、その始まりに天川とのご縁があったりしてね、一度お礼にと思ったんだよ。まあもう少しミスティックな話もあるんだけどね(笑)」

 少し照れたように笑う正木さんは、60年代半ばから10年以上に渡ってインドを旅し、ヴェーダーンタ哲学を学んだ人だ。やがて暮らしの中でのオルタナティブなヴィジョンの実践を目指して故郷の熊本市で八百屋を始め、さらに奥さんが営むレストランと、正木さんが娘さんと耕す農園へと発展した。そうした農的暮らしの20年を過ごした後、ある日農園の裏山が伐採されたことから「自然林の復活を目指して木を植える」活動を始め、それが今へと連なっている。ご自宅と農園は小宇宙のように美しい所で、裏山に育ちつつある森と共に正木さんの美意識と思想を体現している。

「僕の中心には、インドでの旅で追求した哲学や思想や求道、スピリチュアリティ(霊性)があって、それを日本での暮らしを通して社会化しようとしているのが、農的生活であり、今中心になっているのが ”木を植える“ っていうコトなんだね。

 大切なのは、木を植えて ”人が変わる“ ってこと、木を植えるのは自分がホントにその行為を森に捧げるってことだから、ただ森に行く以上に、何と言うか ”愛“ を感じるんだよね。これは精神的にもそうとう深いコトなんだ。CO2や環境問題のコトから入っても少しズレちゃう(笑)。それより山に木を植えた時の気持ちよさとか嬉しさとか、そっちの方が間違いなく僕には大事なんだよ」

インドへの旅を終え、暮らしへと向かった正木さんは家族と暮らしを大切に「少々引きこもった(笑)」と言う長い月日を過ごした、それが今は「木を植えること」をとおして活発に外へ動き、正木さんを訪ねてくる若者も増えている。

「自分で自分のモノをしっかり作ること、面倒を見ること、それがしっかりと終わってから世界のことに目が向いて、”自分“を離れて動き出すんだよね、きっと」

静かだが凛とした瞳で語るお話しの折々に、そのお話しに沿った自分の詩を、傍らのタイコを叩いて素朴な調子で歌う正木さん。お話しは吉野修検道のシンボル大峰山登山口の荘厳な森や、小さな沢のほとり、山間の集落のお茶屋さんへと場所を変え、笛やカリンバの音も交えながら、飄々と続いていく。

吉野を旅しながら正木さんは、そうやって様々な人たちと森の話をし、自然林の復活を願ってタネを播き始めている。

「この吉野はさ、熊野までズーッと杉と檜の植林でね。機械が入るようになって一気に植林が進んだんだよ。それで驚くほど自然林が無くなっているんだ。植林された杉や檜の山っていうのは、森が全然生きてないんだ。緑は一見きれいだけど、実際は砂漠に近いぐらい。どこまでも植林された姿に勤勉さと共に人間の欲の凄まじさを感じるよ。別に杉が悪いんじゃないんだよ、ここは日本の森や林業では重要なところだから、自然林と美しい杉の復活っていうのは、シンボリックなことになると思うんだ。

 植林された杉の森のモノクロの様な世界に比べると、山頂部に僅かに残った自然林はまるで虹の世界のように、色鮮やかで美しいよ。その中で自然に育っている杉や檜もホントにキレイなんだ。それを取り戻したいんだよね」

正木さんが長年の地に足ついた暮らしで深めた想いと実践、そこから滲む人間力には説得力があり、何より正木さん自身の明るさが力強い。

「最初、裏山を自然林に戻そうと思っても、何も情報がないんだ。営林署も林業家も学者さんも、誰もまだホントには自然林に戻す方法を知らないんだよ。人間が自然を戻すために働く、知恵を使うって言うのは人類史でも初めてのことで、今はホントに面白い時期に来てるんだね。

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植林から5年たち、森の姿をあらわし始めた山をバックに話す辻信一さんと正木高志さん
 木を植える人たちのこの10年の増え方もホントに凄いよ! 100倍ぐらいになってるかもしれない(笑)。それから1990年に僕が環境倫理学の講義をアメリカで持った時、同じ講座はアメリカでも2つしかなかったのが、今は日本でも数え切れない、まだまだ玉石混合だけど、必ずホンモノは育ってくるよ、何より子供達は最初から環境意識を学べるんだからね。今は学びと教育の段階だけど、これから実践の時期がやってくるから、何はともあれだよ(笑)。

 木を植えるようになってから、どこに行っても自然の中なら、そこは竜宮城のように感じるんだ。空の上から見ればさ、山から川になって海にそそぐ流れってあっという間で、完全につながっているんだよね、ホントに一つなんだよ」

 インドでの深い精神的な旅から、一つの土地の上に根付いた農的暮らしの実践、そして木と森をとおしての自然と社会への広がり。正木さんの歩みは息の長い一貫した想いとゆるやかで必然的な変化が折り重なって、僕たちのこれからに伝えてくれるモノが大きい。

 もっと多くの若者に正木さんに接して欲しいし、正木さん自身もこれからの世の中の為にそれを望んでいる。何よりも美しい森を共にと想うのだ。

文:南兵衛@鈴木幸一 写真:鈴木完

出典:『88』
http://www.wacca.com/88/
http://www.wacca.com/88/08/masaki/masaki.html

※文章中の写真は、辻信一さんが熊本に訪れた際のもの。 撮影:南兵衛@鈴木幸一


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  • 『出アメリカ記』
  • 正木高志著/雲母書房 インドへの旅、就職しないで生きようと仕事を創り実践し、そこから農的暮らしへ。新しいモノを求めて旅する若者達にこそ大きな刺激を与えるだろう、波瀾万丈な正木さんの半生記。もの凄くリアルで過激なほど真っ直ぐに語られる、未来のオルタナティブへの“跳躍”。凛とした美意識と寛容が貫かれて朗々と詩的、時に惚れ惚れとする語り口。自分の生き方を模索する全ての人に勧めたい、志高い実践に満ちた一冊。

 



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  • 『木を植えましょう』
  • 正木高志著/南方新社
  • 20年に渡る農的生活から「森と世界」へと広がった新しい世界観を綴る柔らかで詩的な表現の中に、しなやかな思想がつらぬかれた一冊。豊潤な自然文化と新しい文明について清々しい叙情と共に綴る文章は心地いい。「文明史のターニングポイントにおけるエコロジーの全体像を広く俯瞰してみようとした」と著者自身が語り、シンガーのUAが本書の影響を語るなど、静かに鮮やかな波紋が広がっています。